みなさんこんにちは
きりこまち先生です
すっかり桜も散り、新緑が目に優しい季節となってまいりましたね
そろそろ子どもたちも新しい学年、新しい学校に慣れてきたころでしょうか。
環境が変わることで負担を感じる子もいますが、その負担も適度であれば成長のための糧になっていくものですので、暖かい目で見守っていただければと思います
しかし、周りの大人が思う以上に新しい環境への負担が大きい子ども達もいます。
特にこの時期は環境への緊張感や春休み明けの倦怠感、責任の増加によるストレスなどなど、普段と変わらない様子に見えても以外とたくさんのことを抱えて学校に通っているということがあります。
その結果、いつもよりイライラした様子が強く見られたり、親御さんへの甘えやわがままが出たり、生活リズムに乱れが起きたりすることがあります

これらは新しい環境に慣れるまでは頻発する可能性があるので、そういった行動をとる背景は理解しつつ、それでも自立を考えたらその行動を許して良いものかどうかを判断していく必要があります。
また、一見良い様子として、普段はやらない家庭内でのお手伝いができたり、提出するプリントをちゃんとだしてきたり、宿題に取り組みやすかったりといった様子が見えることもあります。
これらは新しい学年や学校に変わったことにより、年齢的な自覚が出て「ちゃんとしよう」という意識のもとやる気がでて行動が変わったケースです。
しかし、これらの行動が以前の環境でほとんどみられていなかった場合、その行動が本当に根本から変わった結果なのかを見極めていく必要があります

酷なことを言いますが、たまに出るやる気はやる気ではなくきまぐれです。
それを判断する材料で簡単なのは継続性があるかどうかです。
少なくとも1カ月以上はそういった行動が続いていなければ、気まぐれだったのかなと解釈しても良いでしょう。
さて、ここでお伝えしたいのは気まぐれだから悪いわけではない、ということです
そもそも短期的とはいえ、行動に変容があったのであれば「そうした方が良い」ということを理解しているわけです。
そういった気まぐれを繰り返すことによって、徐々に行動が変容していくケースもあります。
また、気まぐれでも行動を変容させているということは、本人にとって「努力している」状態です。
つまり、以前の自分でいるよりも負担を感じる状態になっているということです。
頑張ろう、頑張ろうという意識で日々を生活することにより、その負担が積み重なってしまい、最終的に息切れを起こして学校を休んでしまうケースもよく見られます。
これはもったいないですよね

もちろん、努力している子ども達を不安の目でみてくださいという話ではありません。
ケーススタディとしてこんな場合もあると捉えていただければと思います。
結論としては本当に努力しているのか、自分の限界を超えて無茶してしまっているのかを見極めることが大切になるわけですが、この判断は本当に難しいのです
当センターに寄せられるお話として「休んで初めて無理していることに気付いた」という声をよく聞きます。
特に、私の感覚では完璧主義傾向にあるお子さんや細かなことが気になりやすいお子さんがこういった状況に陥りやすいように感じます。
また、親御さんの傾向としては「もっとこうだったらいいのになぁ」というお子さんへの不足や不満を感じやすい性格傾向の方が多いように感じます。
子どもなりには努力しているのに、それに気付くことや満足することができず、「もっと○○したら?」という話をしてしまったり、話はしないものの雰囲気や目でそれを示唆してしまったなんてことはないでしょうか。
子ども達は意外と親御さんのことをみているものですよ
今回の記事をご覧いただいて、心あたりがある方は明日からの子ども達との接し方を見直してみるのはいかがでしょう。
きりこまち先生
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すっかり桜も散り、新緑が目に優しい季節となってまいりましたね

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環境が変わることで負担を感じる子もいますが、その負担も適度であれば成長のための糧になっていくものですので、暖かい目で見守っていただければと思います

しかし、周りの大人が思う以上に新しい環境への負担が大きい子ども達もいます。
特にこの時期は環境への緊張感や春休み明けの倦怠感、責任の増加によるストレスなどなど、普段と変わらない様子に見えても以外とたくさんのことを抱えて学校に通っているということがあります。
その結果、いつもよりイライラした様子が強く見られたり、親御さんへの甘えやわがままが出たり、生活リズムに乱れが起きたりすることがあります


これらは新しい環境に慣れるまでは頻発する可能性があるので、そういった行動をとる背景は理解しつつ、それでも自立を考えたらその行動を許して良いものかどうかを判断していく必要があります。
また、一見良い様子として、普段はやらない家庭内でのお手伝いができたり、提出するプリントをちゃんとだしてきたり、宿題に取り組みやすかったりといった様子が見えることもあります。
これらは新しい学年や学校に変わったことにより、年齢的な自覚が出て「ちゃんとしよう」という意識のもとやる気がでて行動が変わったケースです。
しかし、これらの行動が以前の環境でほとんどみられていなかった場合、その行動が本当に根本から変わった結果なのかを見極めていく必要があります


酷なことを言いますが、たまに出るやる気はやる気ではなくきまぐれです。
それを判断する材料で簡単なのは継続性があるかどうかです。
少なくとも1カ月以上はそういった行動が続いていなければ、気まぐれだったのかなと解釈しても良いでしょう。
さて、ここでお伝えしたいのは気まぐれだから悪いわけではない、ということです

そもそも短期的とはいえ、行動に変容があったのであれば「そうした方が良い」ということを理解しているわけです。
そういった気まぐれを繰り返すことによって、徐々に行動が変容していくケースもあります。
また、気まぐれでも行動を変容させているということは、本人にとって「努力している」状態です。
つまり、以前の自分でいるよりも負担を感じる状態になっているということです。
頑張ろう、頑張ろうという意識で日々を生活することにより、その負担が積み重なってしまい、最終的に息切れを起こして学校を休んでしまうケースもよく見られます。
これはもったいないですよね


もちろん、努力している子ども達を不安の目でみてくださいという話ではありません。
ケーススタディとしてこんな場合もあると捉えていただければと思います。
結論としては本当に努力しているのか、自分の限界を超えて無茶してしまっているのかを見極めることが大切になるわけですが、この判断は本当に難しいのです

当センターに寄せられるお話として「休んで初めて無理していることに気付いた」という声をよく聞きます。
特に、私の感覚では完璧主義傾向にあるお子さんや細かなことが気になりやすいお子さんがこういった状況に陥りやすいように感じます。
また、親御さんの傾向としては「もっとこうだったらいいのになぁ」というお子さんへの不足や不満を感じやすい性格傾向の方が多いように感じます。
子どもなりには努力しているのに、それに気付くことや満足することができず、「もっと○○したら?」という話をしてしまったり、話はしないものの雰囲気や目でそれを示唆してしまったなんてことはないでしょうか。
子ども達は意外と親御さんのことをみているものですよ

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