親の学校!ぶにん先生のカウンセリングルーム

不登校(登校拒否)や五月雨登校、母子登校などの解決を目指して! ここは「親が変われば子も変わる」をスローガンに掲げる親の学校です。 カウンセラーが綴るカウンセリング理論や最新の子育て論など情報満載。 ブログ開設8年(2008年開設)で発信し続けた情報は子育てで悩む多くの親御さんたちに元気をおすそわけしてきました。   子どもの問題行動予防のための家族療法(家庭教育支援法)についても随時情報公開中!一般社団法人 家庭教育支援センター ペアレンツキャンプの家庭教育カウンセラーが行雲流水にお伝えします。

2010年03月

2010年03月31日

訪問カウンセラーの春休み対応

こんにちは

今回は、久しぶりにどんきーが書いております。


今は春休み真っ只中ですね
みなさんのご家庭ではいかがお過ごしでしょうか?

春休み中の私はというと、明日から春休み中の子どもたちに会いに全国を飛び回る予定です。

その春休み中の子どもたちにどういった対応をするのかを今回は書いていこうと思います。


不登校を克服した後の継続登校中のお子さんのところに訪問する時は、いつも夕方から入り、その日の宿題を見てあげて遊び対応をしています。

しかし長期休み中は、子どもたちは家に朝からいるので、朝や昼の時間帯に訪問カウンセリングを行うことができます。

通常時の対応では宿題の確認をしたり遅れている分の勉強のフォローアップをすることがありますが、春休みでは、まず宿題を出さない学校が多いです。なので、あまり勉強対応を入れることは少ないです。(学校の授業についていけてない子のところでは、たまに勉強もします)

ですから、春休み中は学校に行ってる時にはあまりできないような、昼間から訪問に入って、外に連れ出して遊びに行ったり、外食をしたりして、登校中にたまったストレスを取り除いてあげることが春休みでは中心になってきます。

たとえば、子どもたちと一緒に映画を観に行くこともありますし、野球観戦に行ったりすることもあります。いつもは家の中での表情や態度しか見ることができないので、家の外でどのような言動や態度をとるのかなどを分析していくのも訪問カウンセラーの仕事の一つでもあります。


新学期は不登校を経験した子どもたちにとっては、一番不安になる時期でもあります。クラス替えや担任の先生が代わったりして、環境の変化が一番わかりやすく出るからです。
こういう環境の変化への不安は、大人でも感じることなので、乗り越えていこうと勇気付けをした上で、この他の不安が出ないように準備をしてあげることが重要です。

また、どの長期休みもそうなのですが、子どもたちの気が緩むので、自分の部屋を持ってる子どもたちは、部屋がかなり汚れてしまうケースが見られます。そのような子どもたちとは、一緒に部屋の片付けをして気持ちよく新学期を迎えれるようにサポートしたりもします。


春休みに、私がうかがうご家庭でもこういうことをメインに対応をしていこうと思います。よろしくお願いします。

それでは、また次回






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2010年03月26日

時には昔の話を

桜の花が徐々に咲き始めました。来週あたりには関西では満開になりそうです



以前にもよく聞かれることという記事で自己開示をしましたが、今回もそのようなお話。



なぜこのようなお仕事を選ばれたのですか?




お子さんの不登校などの問題が解決し、笑顔で親御さんと面談カウンセリングなどをしていると、上記のようなご質問を頂くことがあります

私が今のような不登校解決のための支援や、家庭教育カウンセラーとしてお仕事をするようになったルーツとしましては、おそらくだと思います。


多くの方は心理学の領域からこのようなお仕事に興味を持って入ってこられると思います。しかし、私は「援助」と「教育」の2ジャンルから現在のお仕事に繋がっていると思います。

今日はそんな話を少々




援助というのは、いわゆる開発援助。

事業仕訳でもやり玉に挙がったJICA(青年海外協力隊)の活動もその分野の活動になるのではないかと思います。

ODAのような大きな活動ではなく(←私はこの活動自体に疑問を持っていた人間なので)私は現場に入り、草の根で活動をしているNGOの事務所で勉強させていただいたりしながら、北タイの少数民族の村で短期間ではありますが寝食を共に生活して現場を見せていただきました。
今思うと本当に脳も体もグテングテンになる職務内容だったと思います。こういうお仕事ってウルルン滞在記的な場面の連続かと思いきや、事務とかデスクワークが半端ないんですよね。あ、もちろんウルルン的なのもありますけどね。


環境(森や川など)の変化は村人にとっては死活問題です。
しかし暮らしを変えざるを得ない場面もあるし、村の人たちが新たな知識をつけないといけない場合もあります。

援助をする中で気をつけなければならないのは援助者がガッツリ入って支援をしてしまうと、援助者が離れた時に再び同じ問題が起こってしまいます。かといって距離感がありすぎると受容されにくい・・・

そもそも自然の大切さなんていうものは実は少数民族の人たちの方が理解しています。私のような日本の大阪で育った若者の100倍は知識があります。
そのような人たちがなぜ今、そのような生活にならざるを得なかったのかを考えてシステムから変えていく必要があります。麻薬の運び屋をする人が悪いのではなく、したくなくてもせざるを得ない環境になっていることに着眼しそこにアプローチしていくことも大切なことです。



この話ってどこかで聞いた話に似てません??



はい。そうです
復学支援の中で取り入れている家族療法です。


私の家族療法や家庭教育支援の根幹にはこの援助の分野で培った感覚が色濃く反映されているのです。
開発援助のフィールドは北タイの村でしたが、その後も東南アジアを中心にふらふらとバックパッカーとしていろいろな景色を見てきたのも、現在、日本各地を転々と支援をしている姿に繋がるのかもしれません。
このような活動や勉強は大学時代だけではなく、卒業後もお休みをまとめて取れるときには続けていました。



2つ目の柱は教育。

最初にお仕事としてかかわったのは大学生の時の家庭教師でした

小学生と中学生を中心に勉強を教えていました。家庭教師では1年間で数名のお子さんを指導しました。
ただ勉強するだけでは効率が悪いことが多かったのでマンガの話をしたり、一緒にゲームをしたりすることもありました。そこから勉強の時間と遊びの時間が逆転していってしまうこともしばしばありました

親御さんからすれば、

「あの先生、遊んでばっかり!テストの結果次第ではチェンジだわ!」

と絶対に思われていたと思います
私の敏感なアンテナはそれを感じ取るので、正直に私から子どもたちにこんなことを伝えていました。

「俺来た時ゲームとかバカ話ばっかしてるやん。これで次のテストの結果が下がれば、俺は間違いなくクビやね。うん。間違いないわ。ということなので、俺をクビにしないためにも自分で考えて結果を残してくれな」

などと言ってました。
今思えば、非常識で最低な家庭教師ですが、なぜかこうすると不思議とみんな結果を出してくれるんですよね(むしろ私が来ていないときのほうが勉強するようになったりしたり・・・)

高校の選択肢が1つ2つしかなかった子が半年で偏差値50まで上がったこともあり、親御さんにも
「先生に担当してもらえて良かった!」 
と喜んでいただくこともありました。

家庭教師の経験はラッキーパンチが続いてたまたま結果が出ただけだとは思いながらも、「教育って奥が深い」と感じました。
その後は、塾の講師にもなり、1対1ではなく、講義形式の経験をさせていただきました。
さらに教育実習にも行かせて頂き、教員免許も中学生と高校生の免許を大学では取得しました。教育の流れで言えば、学校の先生になるのもいいなぁなんて甘く考えていた時期もありました。



この家庭教師の話のくだりもどこかで聞いたことありませんか?


はい。そうです
訪問のカウンセリングの要素と同じです。


家庭教師時代に培った経験や能力は訪問のカウンセラーとしての要素に大きく反映されていると思います。


もちろんカウンセリングという領域には心理学は必須ですので3本目の柱としては勉強しましたが、私にとっては心理学は1本目の柱ではありません。
実際に心理学は我々のような領域では、プラスの要素はもちろんありますが、本来単純明快な問題をより複雑化させることもあるからです。心理学は使いようによっては安易な「レッテル貼り」を子どもにしてしまうケースもあるので私は特に慎重に扱っているつもりです。
そのようなことを理解しつつも、心理学の勉強は臨床の場でも、自己研さんの中でも続けていく必要はあって頑張っています。



結果的に、大学を卒業する時にはこれまでにお話ししたような「援助」の分野か「教育」の分野かに進路を絞ろうと決めました。

しかし・・・


就職活動たけなわの時期に、北タイの村に籠って酒を飲んでギターを弾いて、水牛と戯れ、村の子たちとサッカーをしたりしていたら、就職活動の募集の大半が終わっていたんですよね・・・
焼けたガサガサの肌でヒゲを伸ばして、私が日本に帰ってきたら、みんなスーツを着て内定式に出てくるとか言って慌ただしく過ごしていました。そのようなキャンパス内の景色を見て、社会から取り残されていく不安ってこの感覚なんだなと思ったのを今でも覚えています。

「困ったなぁ〜」というところで大学を卒業しちゃいました





なんやかんやで、その後は不登校児童の復学支援の訪問カウンセラーとして働かせて頂き、そこでも勉強をさせていただきました。
その後は1年くらい前の記事でも書いていたように、京都の教育機関で家庭教育に関するご相談を受けるカウンセラーとしてこれまた勉強をさせていただき、そこを退社後、今に至るという感じです。
 

結果的には援助の分野と教育の分野どちらかというわけではなく、この2つの分野に関わるお仕事ができているのは、ひとえに開発援助の分野でご指導いただいた活動家の方や、村の人々、そして教育の分野で学ばせて頂いた先生方や、こんな家庭教師を即クビにしなかった最初の親御さんなどなどに支えられたおかげだと思います。


そんな、昔の話をしてみました
(そんな昔でもないかな・・・)







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2010年03月20日

不登校を乗り越えた子たちの思い

前回の記事で卒業式の記事を書きました。
不登校を乗り越えての卒業式を迎えたお子さん、親御さん。涙の場面の連続でしたね。祝福のメッセージを残してくれた皆様もありがとうございました

昨日、今日と全国的に卒業式が行われるところが多いようです。街を歩いていても卒業証書を入れた黒い筒を持っている子どもたちが目につきました。私の電話にも現在のクライエントさんで卒業式を迎えられた方、そして過去のクライエントさんで卒業式を迎えられたというメールをたくさん頂きました。幸せな1日でした。

私が縁あって訪問カウンセラーとして関わった子どもたち、教育コーチの立場で関わった子どもたち・・・本当にみんなおめでとう





卒業式前には、子どもたちは学校で卒業文集や、親に向けての手紙、または作文などを書きます

不登校を経験し、苦しみ、そして乗り越えた子が迎える卒業式。子どもたちの気持ちが見えるお手紙を頂きました。一部ではありますがご紹介させていただきたいと思います。





〜〜 K君 (6年生の2学期に復学しました) 〜〜


小学校生活の中で一番思い出に残るのは、僕がしばらく学校を休んでいた時、いつでも家族が支えてくれた事。いろいろと心配してくれた友達のことです。

卒業する前に学校に来れて、とてもよかったと思います。今では休んでいたことをとても後悔しています。今では、学校がとても楽しいです。

そして、中学校生活がとても楽しみです。中学校で、部活や勉強などいろいろな心配なことはあるけれど、頑張りたいと思います。





〜〜 S君 (中学3年生の1学期に復学しました) 〜〜


中学三年生の頃、僕は無理やり自分の個性である暗いことと頭に血がのぼりやすいのを隠して、つとめて明るくしようとがんばりました。

しかし、自分自身を出すことのできないことから疲ればかりがたまってしまい、ふさぎこんで不登校になっていくという道を辿って行きました。

個性は自分自身だと僕は思います。

ですから本心を隠すのではなく、ちょっとくらいぶつかってもいいから本心をさらけだしていった方がいいと思います。自分自身を隠すことなくそのまんまでいられるからこそ楽しいのだし、そうしなければつまならいと思います。

確かに自分の個性が嫌な人もいることでしょう。

ですが、皆が違っていてぶつかるからこそいいんだと、今、僕はそう思っています。





K君は小学生、S君は中学生です。ふたりは年齢こそ違えど不登校でした。




K君は「学校になんか行くもんか」と言ってお母さんを奴隷のように使い、「あれを買ってこい」「これをしてくれたら学校へ行ってやる(でもやっても行かない)」などと言っていました。
学校へ行こうとすると、腹痛で動けなくなりました。
しかし支援を受けて、いろいろと話を聞いていくと実はみんなと同じように学校に行って遊びたいと泣きながら訴えていました。復学後は1日も休むことなく卒業式を今日迎えました。
あのまま学校へ行けない状態が続けば、心配している友達の思いや親の気持ちに小学生のうちに気がつくことができたでしょうか。そう考えると、彼に関しては本当に学校へ戻れて良かったと思います。



S君は学校で個性を押し殺し、家の中に引きこもることを選択しました。周りにどう思われているか気になって動けなくなり、生活も昼夜逆転になっていきました。
実際に支援を受けて分析していくと、彼の中の思い込みの部分が大いにあり、自尊感情が薄いことがわかってきました。訪問カウンセラーの先生と信頼関係を築きながら、復学し、受験という高いハードルを乗り越えてこのたびは卒業式を迎えました。家で閉じこもっていては、自分の個性を他人の前で出すことの素晴らしさに中学生のうちには気が付けず、進路の面でも後悔をしたかもしれません。
皆が違っていてぶつかるからこそいいんだ・・・そのように彼が思えたのは学校の影響です。そして3年後なり10年後なりに社会に出て働くうえで必要な考え方なり経験を学ぶことができました。





この子どもたちの復学後の手紙を読まれてどう感じるでしょうか。


今の時代、義務教育といえど学校以外の選択肢を選ぶことは以前に比べ珍しい選択ではなくなりました。
自立をしている子が、学校へは行けるけれども自分の人生のために学校以外の選択肢を選びたいというのであれば、それは親の同意があれば問題行動ではないと思います。



しかし、僕は学校へ本当は行きたい!でも行けないから違う選択肢を選ばざるを得ないというのであれば、こうやって学校へ戻って笑顔を取り戻している子たちのことも知って欲しいのです。

どうか学校を簡単にあきらめずに子どもたちの本当の願いをかなえてやって欲しいのです。


エネルギー不足?

いえ。朝になると起きてこない、または玄関でうずくまって泣くわが子を見ればそう見えてしまうのも無理はありません。
しかしエネルギーが切れている子があんなに家の中で楽しそうにゲームをしたり、兄弟とあんなに元気にじゃれあったりするでしょうか。

親の愛情不足?

いえ。愛情のない親がわが子が学校へ行けないことを心配してパソコンでいろいろと情報を集めたり、わらをもすがる思いで支援機関に相談するでしょうか。



今の時代、選択肢はたくさんあります。
実際に学校へ行かない選択肢をすべきケースもあります。
私はそれに対して異論はありません。



しかし、行きたいけど行けない子は、行ける子にしてあげたい。


私はそう感じています。





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2010年03月12日

祝!合格!&卒業式

小学生も中学生も卒業式のシーズンです


不登校を乗り越えてこの卒業式にご参加される親御さんは、不登校を経験されていない親御さんに比べると特別な思いを感じられます。

不登校中は毎日学校へ行けるようになるなんて思えなかった。ましてや卒業式に子どもが笑顔で出席できることなんて考えられなかった。

不登校中はたくさんの苦労をされました。
買い物に行くのもご近所の方の目を気にして顔を伏せて買い物に行きました。家に帰れば子どもがいるので24時間体制で戦い続けなければならなかった。先の見えないゴール。不登校中に生活も、子の性格も変わっていく。果たしてこの子の将来はどうなってしまうのだろうか。不安に押しつぶされそうになる日が続きましたね。


でも、子どもも親も不登校を乗り越えた。


そのうえでの小学校の卒業式。






中学生であれば受験という大きな試練が待っています。

不登校を経験した子は勉強面でハンデがありました。
継続登校初期は、毎日学校へ行くだけでいっぱいいっぱい。
でも受験のことを考えれば勉強の対応も視野に入れなくてはならない。その負荷のバランスが難しい。でも、中学には復学できたけれど進路が確保できずに再び春から家にこもってしまうのは親としては考えたくない。できることならば子どもの志望する高校に合格してほしい。不本意入学で高校生になった子が途中で退学するケースが多いからです。


今年度ペアレンツキャンプでは、問題解決支援で中3のお子さんが1名。家庭教育支援で2名の中学3年生がいました。



全員が見事、第一志望の高校を合格


そこに至るまでにはたくさんのドラマがありました。

それを乗り越えての高校合格と、中学の卒業式。




どうか、その卒業式が「不登校の卒業」であってほしい。それが私の願いでもあります。


小学校卒業、高校合格、中学卒業おめでとうございます

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2010年03月08日

第3回 関東ペアレンツキャンプ親の会の報告

先日の講演に引き続き、3月7日に第3回関東ペアレンツキャンプ親の会の集いを開催しました。

今回は現行のクライエントさんを中心に18名の方に声をかけ、14名の親御さんにお集まりいただきました。3月のお忙しい日曜日にもかかわらず、都心近郊の方だけではなく静岡や栃木、茨城、群馬からもご参加いただきましてありがとうございました

また、今回は親御さん中心に会場の準備など企画段階からお手伝いいただきました。みかんさん、kyunさん、マロンさん、JUMPさんありがとうございました感謝感謝です。



              【第3回 関東ペアレンツキャンプ親の会

日時:平成22年3月7日(日) 13:00〜17:00
場所:産業貿易センター(浜松町)
参加人数:14名



ペアレンツキャンプの支援状況と今後の活動について(13:00〜13:30)

水野からご挨拶と、現在のペアレンツキャンプの活動と、親の会の活動、そして今後発展していく活動などについてご説明しました。
ペアレンツキャンプの活動としては今年度の支援のお話をしました。
親の会の活動として、本を地域の図書館に寄贈していただく活動を広げていこうというお話をしました。THE草の根ですがとても意義深いことだと思います。ペアレンツキャンプのクライエントからのブログへのコメントが少ないと愚痴もこぼしておきました
今後の活動としましては、ペアレンツキャンプでの支援活動は鋭意努力しながら継続するのはもちろんですが、それ以外の動きとして、名古屋のエンカレッジさん、大阪のFHEさんと、私たちペアレンツキャンプで力と知恵を出し合って新たな活動をしていくというお話をしました。
話の結論だけを書きますと、家庭教育推進協会という組織を立ち上げて、家庭教育の理論やテクニックを学べるセミナーを行ったり、もともとある各機関の親の会を協会の名の下で合同で開催したりという活動をしていきますというお話をしました。
その第一弾の活動として4月25日に東京で合同セミナーを行う予定です。詳細は各機関の代表からお話があるかと思います。(関西でもやりますよ〜


・自己紹介(13:30〜16:00)

第3回ともなると親御さん同士顔なじみの方もいらっしゃいましたが、状況が変わっているケースもあるし、初めてこられたお母さんもいらっしゃったので自己紹介をしていただきました。
私から申し上げたのが・・・

・1人5分程度で
・お名前と都道府県
・お子さんの年齢と性別
・支援前の状況と現在の状況を簡単

ということで皆さんの自己紹介が始まりました。


1人5分として14名だから、私が小話を入れながらでも単純計算で自己紹介は1時間30分ほどだろうと計算していました。というか理屈で言えばそうなるわけです。





しかし・・・






しかぁ〜し

























みんな話が長ェェー!!!

私なめてました・・・(←私と訪問の先生の顔)

日ごろの苦労を吐き出すめったにない機会、そしてわかりあえる戦友がいるこのレアな場所、そしてお母さんたちの発信力・・・

時間内で終わったのはごく僅か。
多くの方は15分〜20分ほどお話していました。話の内容は興味深いお話が多く、時間を感じさせないほどでした。

しかし、気が付けば1時間半のオーバー
さて、自由座談会の時間がちゃんと取れるだろうか・・・


・自由座談会(16:00〜17:00)

前回の親の会よりも今回は1時間長いですので、好評だった自由座談会を多く取ろうと考えていました。
しかし時間が押しに押しこの時間からのスタート。

皆さん1時間の座談会の中で、時間を惜しんで知識のインプットとアウトプットに励んでおられました。私も各テーブルを回らせていただきましたが、興味深いお話が沢山伺えました。


・閉会の挨拶と写真撮影(17:05〜17:10)

会場の時間を過ぎてしまっているので一言で閉会のご挨拶とし、急いで記念撮影。そしてみんなで仲良く後片付けをしました。
いやぁ。実にあわただしい会でしたが、スリリングでとても楽しかったです



私は、そのまま次の支援に向かわなくてはならなかったので閉会後、そのまま新幹線で大阪へ

何名かのお母さん方は2次会をされたようです(参加したかった

詳しい内容は、みかんさんのブログにて紹介されていますのでそちらもぜひご覧ください





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